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VG槻輪
平成31年10月 活動予定

わがまち紹介
京の四季がすべて東山のなかに
東福寺の晩秋の紅葉拝観
東福寺

月    日 2019年12月5日(木)
集合場所 JR東福寺駅改札出口 集合
訪問先 慧日山 東福禅寺(臨済宗大本山東福寺)
その他 1)雨天中止 (中止の場合は前日18時ごろ連絡します)
2)一般参加者は会員を通じて申し込んで下さい。

天満
京都市東山区
京都を懐かしむ人々の思い描く景観は、なだらかな東山の山並みと、清らかな鴨川の流れであった。その山川の間に細長く展開するのが東山区の境域である。北は三条通をもって左京区につながり、南は十条通の延長線で伏見区と境を接し、東山の山稜を越えると山科区となる。鴨川の西は中京・下京・南の各区である。
東福寺
臥雲橋から通天橋を見る
京都市東山区の東南端、伏見区と境を接するあたりにある。この地には延長2年(924年)に藤原忠平によって建てられた藤原氏の氏寺・法性寺の巨大な伽藍があった。(法性寺は、JR・京阪東福寺駅近くに小寺院として存続している)嘉禎2年(1236年)、九条道家(摂政)は、この地に高さ5丈(約15メートル)の釈迦像を安置する大寺院を建立することを発願、寺名は奈良の東大寺、興福寺の二大寺から1字ずつ取って「東福寺」とした。5丈の釈迦像を安置する仏殿の建設工事は延応元年(1239年)から始めて、完成したのは建長7年(1255年)であった。高さ5丈の本尊釈迦像は元応元年(1319年)の火災で焼失、14世紀半ば頃に再興されるが、1881年(明治14年)の火災で再び焼失している。なお、東福寺には巨大な「仏手」(現存部分の長さ2メートル)が保管されており、旧本尊像の左手部分のみが明治の火災の際に救い出されたものと推定されている。
東福寺本坊庭園
方丈南庭と唐門
方丈とは、禅宗寺院における僧侶の住居であり、後には相見(応接)の間の役割が強くなりました。当初は"東福寺方丈「八相の庭」"という名称でしたが、2014年に"国指定名勝"に登録され、改めて「国指定名勝 東福寺本坊庭園」となりました。広大な方丈には東西南北に四庭が配され、「八相成道」に因んで「八相の庭」と称しておりました。禅宗の方丈には、古くから多くの名園が残されてきましたが、方丈の四周に庭園を巡らせたものは、東福寺本坊庭園のみです。作庭家・重森三玲(1896-1975)によって昭和十四年(1939年)に完成されたもので、当時の創建年代にふさわしい鎌倉時代庭園の質実剛健な風格を基調に、現代芸術の抽象的構成を取り入れた近代禅宗庭園の白眉として、広く世界各国に紹介されています。

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