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昔の遊び


 友達4・5人とお茶をしていた時、子供時代の遊びの話になりました。
一人が「一番初めは一之宮」ってあったね。
「お手玉」あそび
と言うとみんな「あった。あった」「二で日光東照宮、三で讃岐の金毘羅さん」と歌いだし、三に続いて「四は信濃の善光寺、五つ出雲の大社(おおやしろ)六つ村々地蔵さん、七つ成田の不動さん、八つ八幡の八幡宮、九つ高野の弘法寺、十で所の氏神さん。これほど信心したけれど、浪さんの病気は治らない、武夫が戦に行くときに浪子は白いハンカチを、フリフリながらもねえあなた、早くかえって頂戴ね。ごうごうごうごう鳴る汽車は武夫と浪子の別れ汽車」と言うのです。
 それから「西郷隆盛娘です」と言うのもあった。と言うことから「一かけ、二かけ、三かけて」や、お祭りのときの「覗きからくり」やら、「せっせっせ」のときの歌など次々にに出てきました。
 それがみんな出生地は違うのに同じ歌を知っているのです。パソコンもスマホも電話もない時代です。子供たちの口から口へ歌い継がれて全国へ広まったのでしょう。
「あやとり」あそび
 後でインターネットで検索すると出るわ出るわ、「一かけ、二かけ」などは、集めた人の編集では、全国に28編も少しずつ歌詞は違って歌われていたような報告が集まっています。果たして今の子供たちはこんな歌を知っているのでしょうか。
 槻輪の会の皆さんはどうでしょうか。知りたくなりました。
 私たちは話の続きで、「あやとり」(私たちは「いととり」と言っていました)のことが出て、次には「ひも」を持ち寄って「箒」や「梯子」に挑戦しようということになっています。

2019年2月11日    
記 牧戸 富美子