大きい雲に手が届いて取れそうな高い所という意味から、この名がつけられたと言うほど熊野古道でも最大の難所と前回よりさんざん添乗員や語り部から脅された今日のコースは所要時間少なくとも8時間、14.5キロ、高低差800m。バス仲間の誰を見ても自分より優れていると思えて、不安になり、再び訪れた青岸渡寺のスタート地点の参詣階段にさえ息切れがしてくる。社殿の裏手の道から出発して歩き始めると那智高原が見え、落ち着いてくる。
登り、下り、平坦な道の繰り返しで、登立茶屋跡から舟見峠に着いた。
昔の旅人は熊野灘に浮かぶ舟を見てさぞかしほっとしたことだろう。予告通りのアップダウンの激しい山道でもうリタイアする所はないと言われ、ひたすら歩く。
行き倒れの巡礼碑に手をあわせ、初めて見る小花や丸くなった石畳に気を取り直して、進むと無人で無料休憩所の地蔵茶屋につく。柱材は桧、壁板・屋根は杉の赤味材、中央には松材の囲炉裏が設けられ椅子は丸太の切株、テーブルは末の古材がつかわれていて、すべて紀州材で新しくロッジ風に建てられた中で目張り寿司の入ったお弁当をいただく。休憩所もお弁当も感謝の気持ちを表せず、せめて汚さぬくらいで出発する。
地蔵茶屋を出ると、大雲取越え最大の難所に挑むことになる。相変わらずアップダウンの石倉峠・越前峠・胴切り坂を進む。脇腹が切れる程きついから胴切り坂、越前峠は熊野古道の最高地点で、標高870m。昔は越前まで見通せたのがこれらの名の由来。現在は植林で見通しが悪くなっているが整備はよくされているので山歩きには困らない。
山の持ち主は勝浦の巨大ホテル一族の持ち山とか。さらに800mも続く急勾配の坂が追いはぎ坂、その通り、追いはぎに遭っても前にも後ろにも逃げることが出来なかったらしいので。どこもかしこも石畳で、滑りやすく余計足に力が入る。やっと民家の屋根が見えた所に「円座石(わろうだいし)」の丸い巨石。熊野の神々がこの石に座って談笑したと言われる。14.5キロ8時間を超える山歩きをしてきた私達を抱きかかえるように鎮座している。
以前新聞で岩の苔をすっかり剥ぎ取られたと報じていたが、年間1500mmを超える雨が元の姿に戻しつつあると語り部がいわれる。人々は古代から大きな木・岩・滝など自然物に神が宿るとして崇拝してきた。この円座石には熊野三山の参詣者の崇拝の心が蓄積しているから、少々の災難にも打ち勝ったのであろう。私も自然崇拝の心を持つ日本人、常に自然が修復の気持ちを起こさせてくれるとあらためて感じた。
熊野古道は元気な有意義な終活を迎えられるステップだった。次の目標を決めよう。
2016年4月20日
上村 サト子
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