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熊野参詣道中辺路第6回
"大日越より熊野本宮大社へ"



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 前回小栗判官物語に出てくる"蘇生のつぼ湯"のある湯の峯温泉がゴールであったが、今日はこの湯の峯温泉からスタートする。
この世の悪を極め尽くし、地獄に落ち込み、満身創痍、全盲聾になった小栗判官がこの世に連れ戻され、この湯と妻の献身的な介護で元の身に戻ったと云う程、効き目があり、一日に七変化もする有難い温泉らしい。熊野本宮への参詣者はここで湯垢離をしたらしい。今も立ち並ぶ古い旅館の軒先に萩の花が今を盛りと咲乱れる頃となり、2カ月ぶりの山歩きに季節の変化を感じる。
 前回ほうほうの体で上った湯の峯王子社迄の急坂は上り始めで、楽々である。杉、檜の大木がうっそうと茂る中、森林浴の醍醐味を味わう。この急坂を神聖な稚児を父親が肩車して大社まで辿り着く神事があるという。しかし最近体力不足の父親が多く、消防団の方に肩代わりしてもらう事も多くなったそうだ。急坂の途中にお顔も定かでない"鼻欠け地蔵"がある。昔この道を通って本宮の仕事に出かける大工の頭領に毎日弁当を届ける弟子がいた。弟子は頭領の安全を願い、この地蔵に弁当の一口をお供えして居たのを、頭領が弟子の失敬と勘違いして切りつけたのを地蔵が身代わりとなり、鼻が欠けたとの云い伝え。
 さらに見事な檜の大木が続く。本宮大社の檜はだ葺きの屋根に使われる。森が途切れ、本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)の木立が姿を現す。熊野の奥地から流れ出す音無川に架かる橋を渡って大斎原の神域に入る。広い敷地に古い石垣と大木と石の祠が昔の面影を残す。明治22年(1889年)の大水害で社殿は流され、以後500m北の現在の本宮に遷された。本宮に向けて神域を出て、ふり返ると日本一と言われる巨大な鳥居が想像を絶する高さで立っている。高さ34m、幅42m、総重量172t。古来より気の荒い熊野川を見下ろしているようである。人民は幾度大水害に耐えてきたことであろう。熊野三山の守りの地ではないかと頭を傾げるが、守りがあればこそこの地を捨てず、起ち向ってこられたと思うべきか。ともかく私達は歩いて10分の現在の熊野本宮大社の158段の階段を上り、まずは家内安全、平穏無事を祈った。
2015年10月27日    
上村 サト子    

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