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"2015年4月3日"
【別子銅山 天空の産業遺跡】 ≪その 1/2≫

【東洋のマチュピチュの異名を誇る 東平(とうなる)ゾーン】


 「マチュピチュ」とはペルーに残る「インカ」の遺跡、「東洋のマチュピチュ」とは、新居浜市東平(とうなる)にある別子銅山の最盛期に彩鉱本部が置かれ、 その産業遺産が、今でも残り、旅行会社、マイントピア別子、リーガロイヤルホテル新居浜のコラボレーションにより関西圏などから四国ツァーに組み込まれ 人気の観光スポットになっている。一度春か秋に散策してみてはいかがですか。
本家のマチュピチュには未解明の遺跡も多いが、東平のマチュピチュは当時の資料や写真が多く残る。閉山後は各地にさって行った人には懐かしく 知らない人には新鮮に映るかもしれない。閉山後は撤去された施設跡に植樹が行われて自然の森に帰る「森の街」も体感できます。
記 成本忠晴   
 東平地区の昔と今の案内地図 

  左の地図の現在地とあるところは「東平歴史資料館」が建てられていますが、「保安本部」や「電車乗り場と機械修理工場」 のあった場所でした。
右の地図が現在のマイントピア別子、東平(とうなる)ゾーンの観光地図です。
最盛期には3.800人の銅山関係者とその家族が住んでいました。

昔の東平地区地図

観光地図

インクラインのあった地点、今は220段の階段


索道で運ばれてきた物資を傾斜面を走る軌道(ケーブルカ−)で上げ下ろしをした。

昔のインクライン

今 220段の階段

 貯鉱庫跡 

  鉱石を粉砕・選鉱する「選鉱場」と、選鉱後、一時的に貯蔵する花崗岩作りの「貯蔵庫」です。
  この風景を「東洋のマチュピチュ」と呼ばれています。

貯鉱庫跡の看板

貯鉱庫跡

索道停車場跡


索道で運ばれてきた物資を端出場(はてば)まで続く索道(リフト)で積み出す基地でした。 また、生活物資もこれで運んでいました。

索道停車場跡

貯鉱庫跡

索道停車場跡や貯鉱庫跡


東平の産業遺跡の中心部です。

索道停車場跡

貯鉱庫跡

鉱山で使われていた機械やカゴ電車


索道のトンネル内に当時使われていた鉱山機械が陳列されています。


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