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母の日によせて


 花が大好きな母を喜ばせたいと、実家近くの「フラワーランド」に連れ出した。
足腰の弱った母を車椅子に乗せて、色とりどりの秋の花が美しく咲く園内を一周した。認知症の傾向もあり、「きれいねえ」とは言うが、花の名前はほとんど忘れていた。いちばん喜んだのはソフトクリームで、指の方にたれてくるのもかまわず幸せそうな顔をして食べた。
 家に帰ると「世話になったねえ。楽しかったよ。これきょう出してもらった分」と言って1万円札を出した。母の入場券はただだったし、かかったのは300円のアイスクリーム代だけだと言ったら、「私が、あんたにあげられるのは最後かもしれんからとっておきい」と言って聞かない。「じゃあもらっとく」娘のずうずうしさと親孝行のつもりで受け取った。
 ドラマ「北の国から」で純が上京する時、トラックの助手席で父が工面した泥のついたお札に号泣する場面がある。私は母からもらった1万円札を封筒に入れ、「2007年11月」と記して引き出しの奥にしまっている。私にはお札についた母の指紋が見える。
 あれから5年半が経った。91歳の母は生活全般の介護を受けて施設で暮らしている。二年前に父が亡くなったことも色々な思い出も記憶から消えていく中で、かろうじて娘の顔には見覚えがあるようで、「あんたは誰?」と言わないのが最後のふんばりどころ。
 昨日、真ん中の妹から「川柳」が届いた。
「母言えず、三姉妹の中、私の名」 「老いた母、やっぱし忘れてた私の名」 それでも同居していた末の妹の名は言えたという。私も母のベッドに顔を突き出し聞いてみたい。「私の名は?」
 今年ももうすぐ母の日が来る。気持ちがへこんだ時、ふるさとの母のことを想ってみる。生きてるというだけで私を元気にしてくれる。
2013-4-24

記 内泉 早苗  

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