私にとっての"不幸中の幸い"
“VG槻輪だより100号!!”おめでとうございます。 これまでの会員の皆様による投稿と、編集に携わる諸先輩の努力のお陰と感謝致します。 色々なジャンルの掲載で毎月楽しみです。世界や日本の旅の話題は参考になりますし、役立つお料理のレシピも嬉しいです。 皆様の趣味のご披露も楽しいです。 おめでたい記念号にあたり私の最近の「幸運話」です。 平成23年3月1日から約十日間の予定で 娘一家の住む新浦安に滞在していました。 それは娘の手術後の再検入院などで婿と二人の孫のお世話をする為でした。 その最中、11日に例の東日本大震災が起こりました。街は甚大な被害でしたが家族みな無事で一安心でした。 東日本大震災体験記参考下さい。 私はこの日に新浦安に居てほんとに良かった!と今でも感謝しています。 この大震災がもし1日早ければ私と友人は東京駅で帰宅困難者になっていたに違いありません。 震災前日の10日、 昔ロンドン時代の友人と久しぶりに再会し東京駅前の高層ビル39階でランチとお茶、おしゃべりをして2時半に東京駅で別れたのです。 彼女は世田谷区在住、娘さんは品川在住(私の娘と現地高校の同級生、東京で通訳派遣会社経営し自らも不定期の同時通訳者。夫と子供1人)です。 その日も娘さんの要請で3時に預けている保育園に孫を迎えに行き留守宅での子守のお役目でした。私も娘一家の為の上京でしたから、あの日のTVの映像で繰り返し見た帰宅困難者にならなかった事に心から感謝しました。 JR京葉線は地下深くまだまだ寒い3月の夜、停電と余震に怯え、しかも電話も繋がらず娘一家の安否も分からず、高槻の家にいる夫にも連絡出来ず!友人も私に会う為に災難に遭い山の手線の電車も止まりどうなっていたことかと思います。 1日違いで最悪を免れた体験です。まさに私にとっては"不幸中の幸い"と言うしかありません。どこでどんな災難に遭うか分からないのが人生です。危機一髪の体験が割りに多い私ですが最近では特に印象深い不幸中の幸いでした。 残された人生、今迄のように強運で難が逃れますように祈るこの頃です。 記 中川 加奈子
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