モンテネグロへの半日バス旅からドブロクニクのホテルに帰って来たのは8時を回っていた。
遅い夕食をとり、さあ、と立ち上がるや否や「カメラがない!」ことに気が付いた。
最後のトイレには引っ掛けるところがなかった。最後の写真はコトルの教会を撮った。そうだ、バスの中だ。その日は前から二番目の席に座っていた。乗客は座れない一番前の空いた席にカメラ、コート、リュックなどを置いて、降りるときにカメラだけを取り忘れたのだ。
運の悪いことに、そのバスはモンテネグロに行くためだけの1日限りのバスだった。
「ここは日本ではありません。忘れ物はほとんど返ってきません。」と添乗員から何度も注意されていた。それでもすぐにドライバーに連絡をしてくれた。
バスを車庫に入れて自宅へ戻る途中なので、1時間後でないとあるかどうかはわからないとの返事だった。
クロアチア人は時間にはおおまかで、列車の時刻も待ち合わせ時刻もすべてアバウトだと聞いていたから待つのは覚悟だが、旅程のほぼ半分の写真を収めたカメラが見つからなければどうしようかと祈るような気持ちで長い時間が過ぎた。
国境越えの出国入国審査の煩わしかったことももう頭からは消えて、ただただ愛用のカメラが返ってくるのを願った。
「カメラありましたよ。」添乗員から天使の声のような電話があったのは10時頃だった。自宅に帰っていたドライバーが車庫にカメラを取りに行って、今から届けてくれると言う。
「えー、そんなことしていただけるんですか。費用とかお礼とかどうしたらいいでしょうか。」「10ユーロくらいのチップを渡せばいいと思います。」うれしかった。
カメラが戻ってくる。アドリア海の街並みも古都の世界遺産も戻ってくる。
同行の友人とふたりで、持ってきたお菓子、カップラーメン、スープなどありったけのものをかわいいキティちゃんの袋に詰めて、20ユーロの新札を用意した。
ホテルの玄関に、カメラを抱えて彼が現れたのは11時に近かった。言葉では言い尽くせない感謝の気持ちを深いお辞儀とむきだしのお札とキティちゃん袋に込めて伝えた。
彼は遠慮しながら笑顔で受け取ってくれた。
それからは、1パスポート2カメラ…道中ずっと点呼を繰り返した。
「忘れ物や落し物はしなかったか?」と夫に聞かれて、「うん。大丈夫。私はそんなドジはしない。」と自信たっぷり答えたのは言うまでもない。
2012-11-26
記 内泉 早苗
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