高槻のええとこブログ主催 わがまち再発見ツアー “高槻の天神さん、真上氏のルーツを辿る!”に参加しました。 日 時:平成21年7月20日(月曜日)曇り 講師は、古藤幸雄さん(大蔵司連合自治会長、大阪歴史学会所属)です。 先生は、それぞれの場所で大きな声でわかりやすく説明をして頂き好評でした。 前回の「服部郷のものづくりのルーツを探る」ツアーでは、高槻でも冠たる生産の歴史をもつ、「服部郷」のものづくりに焦点を当てたまちあるきでした。 ※「服部郷」とは、現在の「塚脇」「宮之川原」「西之川原」「浦堂」「大蔵司」にあたります。 |
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昼神車塚古墳 |
← 昼神車塚古墳 この古墳が造られたのは6世紀中頃までと考えられており、被葬者はこの地を支配していた首長であろうと推定されている。 埴輪はすべて新池窯で焼かれたものです。 北山天満宮 菅原道真を祀る。天満宮は、太宰府天満宮、北野天満宮、大阪・防府の順であろう。 |
野身宿祢の墓 |
→ 広智寺 元は天神さんの神宮寺であった。 寺伝では聖徳太子の開創といい、太子自ら観世音菩薩像を造り、堂宇を建て安置したことに始まる。 |
広智寺 |
↑ 野身宿祢の墓 ・野身氏は本姓「土師」(はじし)古墳に殉死者を埋めた時代に土偶埴輪を発明、人間の代わって埴輪を埋める。 ・土偶を作って貢献したので「土師市」のかばねを賜つた。11代垂仁天皇の時代の人、 菅原道真の遠祖 |
土岐定義墓 |
← 土岐山城守定義墓 元和3年(1617)高槻藩主、同5年死去 → 三好義興墓 三好長慶の嫡子、芥川城主、松永久秀に毒殺されたというが、実際は黄疸で死んだらしい。 |
三好義興墓 |