わがまち紹介
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平成21年7月 わがまち紹介
" 高槻の歴史を今に伝える地域:下田部地区 "
【 その1/3: 概 要 】

月    日 平成21年7月16日(木)
集 合 場 所 JR高槻駅南(B乗場)富田団地行き
天    候 快晴
順    路 JR高槻駅南 → 下田部バス停下車 → 札所 → 一念寺 → 天満神宮 → 大将軍神社 → サポートセンター → 阪急高槻
そ の 他 一念寺では副住職の保田様より丁寧な説明をして頂きました。
有り難う御座いました。
 下田部の町名は、江戸時代にこの地にあった村名から来ています。
村名は周辺地域の歴史から考えると大化(645年)前代の屯倉(みやけ)の田に従事した農民の「田部」に由来すると言えそうです。

下田部高札場(しもたなべ こうさつば)
江戸時代後期に建てられたもので幕府や高槻藩の法度、定め書きを庶民に知らせる為の広報板。
市内で現存する唯一の高札場です。
昭和51年6月市の史跡に指定されています。

一念寺(いちねんじ)
金剛山一念寺は、今を去る300年前宝永2年(1705)8月、恵教法師が浄土真宗本願寺派本願寺(西本願寺)第14世寂如上人の直弟子となり、大阪府摂津国嶌上郡下田部村の有志の助力を以て建立された。
 これより以前の開基については、当時の風水害のため書物が紛失し不詳、しかし当時のご本尊の掛軸は、宝ものとして現在保存されている。
宝永2年8月1日寂如上人より、現在のご本尊阿弥陀如来の木造と宗祖親鸞聖人、聖徳太子、七高祖、歴代ご門主(良如上人1630年、本如人1799年)の各絵五幅が下付された。
と同時に、現在の本殿と内陣のお荘厳が整えられた。
その後文化7年(1810年)当住職恵輪のとき大修理された。
近くは大正6年(1917年)の水害を初め昭和9年(1934年)の室戸台風等、度重なる水害、風害にも耐え苦難をのりこえ平成元年(1989年)に門信徒の懇願により大改修された立派なお寺です。

鎮主神社(ちんじゅじんじゃ)別名:大将軍神社
下田部村にずっと古代より在った産土神の祀です。
村の鎮守様が何時しか鎮守の社になった ものです。
尚、鎮守神社は平成16年4月[大将軍神社]と改名、地元氏子会自主管理に切り替えられ整備されました。

天満神社(てんまじんじゃ)
江戸時代に信仰の強い下田部村の人々が、本社の上宮天満宮より分霊して創立した神社です。
御祭神は菅原道真公ですが、寛保4年神告により豊受大神を一緒に合祀するようになりました。

高槻市市民公益サポートセンター
市民公益活動やボランティアなど非営利で、公益的な活動をしている団体や、これから活動しようとしている人たちのための活動拠点施設です。

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