わがまち紹介
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平成20年2月 わがまち紹介
“ 1200年前の都と西国街道の文化にふれる:向日市 ”
【 その1/5: 概 要 】
月    日 平成20年2月21日(木)
集 合 場 所 阪急東向日駅 改札出口
天    候 晴 れ
順   路 阪急東向日駅  → 築榊講常夜灯 → 向日市文化資料館 → 須田家住宅 → 説法石 → 向日神社 → 勝山緑地(元稲荷古墳)→ 向日市天文館 → 長岡宮大極殿跡 → 長岡宮朝堂院跡(西第四堂跡) → 阪急西向日駅
そ の 他 今回の「わがまち紹介」では、下記の方々に大変にお世話になりました。
○向日市文化資料館 館長 小森 憲治 様
○元稲荷古墳発掘現場・長岡京遺跡の見学と説明など
 向日市文化資料館 技師 中塚 良 様
○元稲荷古墳発掘現場の説明
 財団法人 向日市埋蔵文化財センター 技師 中島 信親 様
○向日市文化資料館内の説明及び長岡京遺跡の案内と説明
 向日町文化資料館 アニメーター 市川 孟 様
本当に有難う御座いました。

向日市、長岡京市と大山崎町を昔から乙訓(おとくに)地域と言われています。
古事記や日本書記に「弟国(おとくに)」という地名の由来で記載されています。
弟国宮は、西暦518年に継体天皇が筒城宮から遷宮した3番目の宮です。
宮跡の推定地は、現在の京都府長岡京市今里付近(乙訓寺や隣接した長岡第三小学校付近)と考えられています。
桓武天皇が延暦3年(784年)に「長岡京」に遷都され、10年間にわたって都が置かれました。
向日市の前身は向日町で、その名の由来は市域の鎮守である向日明神からきています。
今でもJR東海道線・JR新幹線、国道171号線、阪急電鉄等の交通路が平行して走っている交通の要衝であり、東部にはハイテク企業の製造拠点が集積している。

築榊講常夜灯<つきさかこう じょうやとう>
 天保13年(1842年)に伊勢参りの講の一つ築榊講の人々によって建てられました。
現在は、家並みの谷間になっています。かつては一際高く明かりが灯され、西国街道を往来する人々の安全を祈っていました。

向日市文化資料館<むこうし ぶんか しりょうかん>
 本資料館は“長岡京の歴史と文化”を主題に、乙訓地域の歴史を明らかにするために、古代の都長岡京(784〜794年)の宮跡の一角に遷都1,200年を記念して昭和59年(1984)建設開館されました。
館内には常設展示として「長岡京の歴史と文化」を発掘調査の成果をもとに都に暮らす人々の生活を紹介しています。
資料館の玄関前には元稲荷古墳の天井石が置いてあります。
土曜日にはアニメーターの方も居られ館内を説明して頂けるようです。

須田家住宅<すだけ じゅうたく>
 屋号を松葉屋といい、江戸時代末まで醤油の製造販売を営んでいた旧家。
西国街道と物集女街道の分岐点にあり、元和2年(1616年)に作成された古文書にも記載されています。
近年修復されていて、京都府の指定文化財(建造物)です。

元稲荷古墳<もといなり こふん>
 向日神社北側、勝山公園の中にある元稲荷古墳は、乙訓地域最古の古墳で、3世紀後半に築かれた全長約94mの前方後方墳です。
 埴輪の原形となる壷形埴輪や特殊器台形埴輪も前方部から出土しています。周辺には、弥生時代の高地性集落である北山遺跡があります。
 古墳の周囲は公園として整備されており、市民の憩いの場となっています。
今回、元稲荷古墳第4次(平成19年12月から平成20年2月末予定)調査の途中ですが現地で説明をして頂け感激しました。

向日神社<むこう じんじゃ>
 「明神(みょうじん)さん」の名で親しまれている養老2年(西暦718年)創建の古社。
應永25年(1418年)に建造された本殿は、室町時代の三間社流造(さんげんしゃながれづくり)という建築様式で国の重要文化財に指定されています。
参道の両側は大きな桜の木で覆われ爽快であるが、南側には小学校、北側には近くまで住宅が接近してきています。

向日市天文館
 向日市天文館の周辺も北山遺跡の一部で弥生中期の集落の跡、方形周溝墓などが発掘されています。
 天文館は、未来を担う青少年はもとより、広く市民の天文に関する理解と関心を深めながら、宇宙の美しさ、不思議さの体験を通して、市民文化の創造と発展を願い開設したものです。

説法石<せっぽういし>
 向日神社の大鳥居南側にある大きな石。
京での日蓮宗の布教活動を禁止された日像上人が、徳治2年(1307年)頃、この石の上で西国街道を行き交う人々に説法をしたと伝えられています

長岡宮大極殿院跡<ながおかきゅう だいごくでんいん あと>
 向日市鶏冠井(かいで)町には大極殿(だいごくでん)という地名があります。大極殿は1200年以上も前の建物で、その名称が今も地名として残っています。
 長岡宮の正面玄関である朱雀門の真北に配置され、その正殿が天皇の高御座を置く大極殿です。
大極殿は、天皇が政治を司った場所で、発掘調査によってその位置が確認されました。
昭和39年に国の史跡に指定され、現在は大極殿公園として整備されています。

長岡宮朝堂院跡<ながおかきゅう ちょうどういん>
 西第四堂跡は公園として保存されています。
長岡宮の役所は、朝堂院・内裏・諸官庁と大きく分けられ、朝堂院は、宮の中央にあって国家的な儀式を行う場所で、ちょうど今の国会議事堂に相当します。
平成17年に翔鸞楼(しょうらんろう)跡が発掘されたことにより、唐の制度や文化を積極的に取り入れた証でしょう。
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