わがまち紹介
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平成18年11月 わがまち紹介
"歴史あるまち:清水地区"(その1/6)
【 概 要 】

月    日 平成18年11月16日(木)
集 合 場 所 高槻市営 塚脇バス停留所 13:20
天    候 秋晴れ
順   路 JR高槻駅 → 塚脇バス停 → 芥川山城跡 → 竜神王神社鳥居 → 塚脇 F1号墳 → 妙力寺 → 服部連塚 → 唯徳寺 → 長楽寺 → 聞力寺  → 清水コミュニティセンター → 神服神社 → 浦堂バス停→JR 高槻駅
「清水」という地域名は実はそう古くない、近年になって生まれた新しい呼称です。
それ以前は服部村と呼ばれていました。明治22年町村制の施行に伴い服部村に近隣の 真上、原、萩谷の4ケ村が合併して出来た新しい村の名称です。

(清水コミセン開設10周年記念誌より)   

芥川山城跡
戦国時代の一時期、信長が上洛する少し前、畿内に覇をとなえた三好長慶が拠った山城です。
芥川山城跡の案内は、地元「浦堂」の”小泉 洋”さんに案内して頂きました。
小泉さんとは、11月13日に山城跡に最終調査のために行ったときに山頂でお会いし、私たちの活動で”わがまち紹介”で11月16日清水地区を訪問するお話をした事からの知り合いになりました。彼は週に数度この山に来て調査をしておられる非常に詳しい方です。
非常にお忙しい中、時間を合わせてガイドして頂き有難う御座いました。

塚脇F1号墳
平成2年に発掘調査され、直径20m、高さ1.8mを測る円墳です。
6世紀後半に築かれたもので塚脇古墳群の中でも古い時代の物です。
塚脇F1号墳では、妙力寺の住職に現場で説明をして頂きました。
有難う御座いました。

妙力寺 大正年間に創立され「水子供養」「ご祈祷」「永代供養」「新しい形のお墓(納骨墓所)」「内観」「人生相談」のお寺として親しまれています。

服部連塚(はっとりむらじづか)
全国の織部を統率した服部連の墓と伝えられる6世紀の中頃の円墳。
織部とは、機織を職とした人々の集団をいい、服部という地名は「はたおりべ」に由来しているようです。

唯徳寺(ゆいとくじ)浄土真宗本願寺派【西本願寺】
服部連塚のすぐ近く、閑静な住宅街の合間にある浄土真宗のお寺。境内の横には塚脇地区の公民館もある。

長楽寺(ちょうらくじ)真宗大谷派【東本願寺】
寛永2年(1625)10月、宮之川原の農民、伏原玄正という人が西本願寺門主の直弟子となり、ご本尊阿弥陀如来像、親鸞聖人をはじめ、蓮如上人、聖徳太子、七高僧の各御影を下付され説教所として創建された。

聞力寺(もんりきじ)真宗大谷派【東本願寺】
寒天作りは、農閑期の産業として飛躍的に発展し、服部・城山・原の寒天は「城山寒天」の名で知られ、国内はもとより海外へも輸出されました。
聞力寺境内には、寒天作りを広めた宮田半平の顕彰碑が建っています。

清水コミュニティセンター
”古藤幸雄”先生(清水コミセン解説10周年記念誌 清水地区の歴史筆者)の清水地区の歴史の講義を聞きしました。

神服神社(しんぷくじんじゃ)
服部連が5世紀中頃に創建したと伝えられ、『延喜式』にも記されている古い社。
もとは服部神と称したのを、延喜年間(901〜922)に神服神社に改めた。

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