平成18年 9月 わがまち紹介
"自然と開発の調和を問う:成合地区"(その6/9)
【 タチソ その1/3 】
飯場の跡地 |
成合村の北のはずれ、西檜尾川の左右の山腹に、「タチソ」は計画されました。 タチソは太平洋戦争末期に計画された旧陸軍の暗号で、 高槻のタ、地下のチ、倉庫のソです。 昭和19年(1944)の7月7日、マリアナ諸島のサイパンが陥落し、守備隊3万人と住民1万人が戦死または自決しました。日本全土への空襲の危機が迫ったのです。これに備えるため、全国に地下軍事施設をつくることが、7月18日の東条英機内閣最後の閣議であわただしく決められました。 |
タチソ建設の背景説明風景 |
この全国的な大工事の担当を命じられたのは、国鉄の技術陣でした。鉄道のトンネルをたくさん掘った豊富な経験と、掘削に必要な機械器具を数多く持っていたからです。 編成は、熱海中央施設部と、関門トンネルを受け持っていた下関施設部の二つが中心になり、これに岐阜と信濃川の地方施設部が加わって、四つの地下建設隊がつくられました。高槻には岐阜地方施設部の技術者が来ました。 |
タチソ地下壕跡銘板 |
当初計画された地下工事の主なもの 長野県松代 40,000u (皇居・大本営・政府機関用) イ 地区(象山) 〜政府、NHK、中央電話局 ロ 地区(舞鶴山)〜大本営、皇居、宮内庁 ハ 地区(皆神山)〜食料庫 東京都浅川 37,000u (中島飛行機工場用) 群馬県薮塚 33,000u (中島飛行機工場用) 愛知県楽田 20,000u (三菱航空機工場用) |
タチソ地下壕跡銘板の前で説明風景 |
大阪府高槻 17,000u (拡張計画後27,900u 中部軍司令部・川崎航空機工場用) 福岡県山家 12,000u (西武軍司令部用) ※高槻に近いところでは、燃料弾薬貯蔵庫として吹田市山田(現在の万博公園内) に約20カ所、茨木市中穂積の丘陵に10〜15カ所などが掘られた。 |
危険区域の看板 |