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「かおる会総会」
先生ゆかりの地・呉市を軸に開催
6期 谷口 啓治
恩師・武智馨先生が始められた「かおる会」は、今年で47年目を迎えたが、総会
は48回を数えたことになったと思われます。
この時にあたり、私は会の幹事を仰せつかり大変緊張した総会でありました。幸い、多くの盟友達の力添えを得て何とか乗り切れたように感じ、大いに感謝、安堵いたしております。
昨年11月に、会長・木子房二郎先輩より「今度は、関東支部が当番を受けるから
手伝え。不能なら俺ひとりでも・・」と並々ならぬ決意を示されて始めたことでし
た。当初は、関東での開催を考えたが、先生ゆかりの地・呉市の「大和ミュージア
ム」を軸に広島地区で行うことになったのは、会長のご挨拶のとうりです。成功の一
因は、地元の小松邑司さんのご協力のお陰でした。
関連して、私事、6月に三年ぶりに受けた市の健診に端を発し、7月、9月の精密検
査の結果、前立腺ガンの濃厚な疑いが判明、引き続き「追試」中のため大変にご迷惑
をお掛けしてしまいました。
総勢30名のご参加をいただき、例年の通り活発な総会、明るく和気あいあいの懇
親会で初日が終わり、翌日の「大和ミ・・」では、先の大戦で敢え無く海の藻屑と化
した巨大戦艦・大和の十分の一模型や関連する展示品の参観、若き日の武智馨先生の
お写真とロケット戦闘機「秋水」の鋳鋼製燃焼筒(先生作・”俺の宝”)と対面して
ジンと来ました。
「大和」の生き残り士官・吉田満著「鎮魂戦艦大和」(戦艦大和ノ最期ほか二部)を
予め一読していましたので、登場人物の記録にも心を奪われました。特に、ケップガ
ン(艦における士官の居住区・ガンルームの統括者)で、21歳8ヶ月で戦死された
海兵71期生の臼淵磐大尉の生きざまには感銘を受け、「進歩のない者は決して勝た
ない。(以下省略)」と言う、特攻死への疑問を有する青年士官たちへの説諭(パン
フにも収録)は、すぐれて名言だったのだろうと思いました。
参観後、呉市海事歴史科学館学芸員の桑原功一様の講演、かおる会会計・大岡成一さ
んと会長・木子房二郎先輩の特種的レクチャーにも感心致しました。
こんな風に振り返ってみると、今回も「大成功」の部類に数えられると存じ、ご関
係の皆様のご努力に心から敬意を表します。
次回以降も是非ご協力ください。
下司の悔しさ;
@広島の蛎を食べたかった。
A平和記念公園もドームも古ぼけたなあー(着後、原爆死没者慰霊塔に参拝)。
B聴力を取り戻したい。